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水戸地方裁判所 平成5年(ワ)705号 判決 1994年8月05日

原告

田嶋克己(X1)

田嶋法子(X2)

右両名訴訟代理人弁護士

谷萩陽一

右同

佐藤大志

右同

椎名聡

被告

国(Y1)

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

新堀敏彦

右同

小松昭久

右同

杉本正樹

右同

川田武

右同

小田寛三

右同

鈴木隆久

右同

小林勝彦

被告

茨城県(Y2)

右代表者知事

橋本昌

右訴訟代理人弁護士

片桐章典

右指定代理人

佐藤廣美

右同

先崎一美

右同

飯村富士男

右同

飯田孝男

右同

吉村毅

理由

一  原告らの本訴請求は、要するに、原告らの息子である亡勤が交通事故によって死亡したが、事故の加害者である訴外長について過失責任が成立し、同人に対して本来処罰が可能であったにもかかわらず、検察官が違法な不起訴処分を下したために、訴外長に対して厳正な処罰がなされることについての原告らの期待が裏切られるとともに、事故についての責任が亡勤にあると評価した結果になり、それが亡勤の名誉、ひいてはその遺族である原告らの名誉を毀損するものであるとして、これらによる精神的損害について、不起訴処分を下した検察官の使用者である国及び事故の捜査をした警察官の使用者である茨城県に対して国家賠償を求めるものである。

二1  ところで、国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに成立する責任であると解すべきところ、被告らも主張するとおり、犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではないから、被害者が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである。したがって、被害者は、捜査機関による捜査が適正を欠くこと又は検察官の不起訴処分の違法を理由として、国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできないというべきである。

2  これを本件についてみるに、仮に谷田副検事が訴外長について公訴を提起し、同人に対して何らかの処罰が下されたことによって原告らの処罰感情が慰謝されることがあったとしても、それは検察官が公益上の見地に立って行った公訴提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎないというべきであるから、処罰感情が慰謝されることについての期待もまた法律上保護された利益ではなく、事実上の利益にすぎないといわなければならない。

したがって、谷田副検事が警察の捜査活動に基づいて訴外長に対して本件不起訴処分を下したことによって、原告らの処罰感情が慰謝されることについての期待が裏切られ、原告らが精神的衝撃を受けたとしても、これによる精神的損害の賠償を求めることはできないというべきである。

3  同様に、公訴提起は被害者の名誉のためになされるものではない以上、仮に本件不起訴処分がなされたことによって結果的に亡勤ひいては原告らの名誉が毀損された事実があったとしても、それは検察官が公益上の見地に立って行った不起訴処分によって反射的にもたらされた事実上の不利益にすぎず、これによる精神的損害についてもその賠償を求めることはできないというべきである。

三  なお、被告茨城県の本案前の答弁については、原告の被告茨城県に対する損害賠償請求のうち、警察の捜査活動に適正を欠いたことが原因となって、検察官が不起訴処分をしたことを理由とする請求については、検察官が公訴を提起するか否かは法律上検察官の専権に属する事項であって、被告茨城県には当事者適格がないものといわねばならないが、検察官が検察官と共同して不法行為をしたことを理由とする請求については、被告茨城県に当事者適格があるというべきであるから、同被告の本案前の答弁は理由がない。

四  よって、原告らの主張はいずれも理由がなく、原告らの本訴請求は主張自体失当というべきものであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 來本笑子 裁判官 松本光一郎 福井健太)

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